2009/02/26

今日は2.26事件のあった日

 父の所へ洗濯物を取りに行ったら、同室の父より年上の人と、2.26事件の事を話していたんだと言っていた。

 「あの日は雪が、一尺近くも降った日でな・・・」父が13歳か14歳の頃だろう。
 
 その頃、父はもう浅草へ小僧に行っていたのかな?

 先代の柳家小さん師匠は、近衛師団の兵士で、動員が掛かり出動したのだが、時間が経つにつれ、自分達が反乱軍になったのを知って、愕然としたと語っていた。

 
 司馬遼太郎著「明治という国家」に続いて「昭和という国家」を読み終えたばかりで、手元には未読の澤地久枝著、「妻たちの二・二六事件」がある。
 タイムリーなので、さっそく今夜から読んでみよう。

 「あの日は雪が、一尺近くも降った日でな・・・」、
 この数年は積もる程の雪を見ない。
 平成になっても、10cmくらい雪が積もった事があり、仕事の合間に雪掻きをしたのを覚えている。

 私達、団塊の世代が子供の頃は、東京でもソリ遊びが出来た。
 積もるほどの雪が降ったら、八百屋からリンゴ箱を貰い、薮から竹を切って来て、縦半分に割り、先を焚火で炙ってスキーの板のように曲げ、リンゴ箱に取り付けてソリを作り、坂道を滑り下りて遊んだ記憶は、すでに彼方に遠い。


 いつも読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

 

 


 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009/01/14

谷中七福神めぐり その七

 谷中七福神めぐり その七
 上野護国院(大黒天)と上野不忍池・弁天堂です。

20090108_132_2

20090108_130

20090108_131_2



 上野護国院(大黒天)、ここでもご本尊の撮影を忘れている。
 七福神巡りをしているだけで、満足してしまっているのだ。
 淡白に過ぎる性格の表れなのか、単なるアホなのか?
 大黒天

20090108_133

20090108_153

20090108_159


 大黒天画像の出典は、天空仙人の神社仏閣めぐりより、天空仙人さま、ごめんなさい。
 
 一枚目、上野護国院・楽堂。二枚目、上野・清水観音堂。三枚目、不忍池・弁天堂。
 三枚目の写真を写した後、デジカメの電池が切れた!weep


 番外編として、七福神巡りで出会った建物、動物編を用意しています。


 いつも読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/28

蒼穹の昴を読んで

浅田次郎著 蒼穹の昴 上・下
__2005
今日、浅田次郎著 蒼穹の昴 上・下巻を読了した。まさに大作である。文庫になった第二巻は既に読んでいたが、思い掛けずブックオフの105円コーナーに単行本上下巻が売られていたので買った事は既に記事にした通りだ。清国が西欧各国(日本も含む)の不当な蹂躙を受け、清朝が瓦解する直前の様子をこの小説は描き出している。中国は隣国ではあるが私は殆ど新聞やテレビで報道される以外のその姿も歴史も知らなかったしそれは今でも変わらないが、その歴史を今知りたいと思うようになった。日本が長い間、模範としてきた国であり、その時々に支配者の系譜も異なる事はわが日本とて同じではあるが、国土の広大さも民族の多さも日本とは比べ物にならない規模の国だ。浅田次郎氏はこの物語を書きたかったから小説家になったと或る著書の中で言って居られた。浅学非才の私には読後感をうまく記事に出来ないでいる。しかし敢えて言えばこの小説はそのタイトルの様に壮大であり、星空に自らの指針として昴の星を捜し求め、自らの手で浄身した若き宦官、李春雲(春児チュンル)の如く、人間が生きて行く上に於いて何を指針となすべきか問うているような氣がするのである。人とは何か、信とは何か、国家とは何か、私はこの本に出会えた事を今、有難く嬉しく思っている。
私は生きて行くのも放り出してしまいたくなった時期が暫らく続いた。この数年の中に妹を失い、弟を失い、母をも失い、自らも心身の失調を来たし、そして職も失って生きて行くのが本当に辛かったし、何度かもう終わりにしようと思った事も有った。
しかしその都度「生きよ!」と励まされながら今日を生きている。これが私の天命なのだろう。この後も私は自らを空しくして、今迄に皆様から頂いてきたご恩に報じて生きて行きたいと、この物語を読んで改めてそう思った。私はこの物語を皆さんにも読んで頂きたいと願う。浅田次郎氏が日本が誇るべき作家であることを改めて認識した「蒼穹の昴」である。
今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/27

文政四年とはいつだ?

2005.03.27 016今日はスクール生活最後の休日である。目覚まし時計より早く起き、自転車で読売新聞の専売所に朝刊を買いに行く。購読している朝日新聞より求人欄が充実しているし、前職も読売新聞の求人欄で見つけたからだ。自転車に乗っていてもくしゃみの連発で、ハンドルがふらふらになる。車と接触でもしたら大いに危険だ。
最近鼻水に薄っすら血が混じるようになった。明日は耳鼻科に行こう。耳鼻科は何処にあったっけかな?
後で電話帳で調べてみよう。そして求人欄を二回読み返すも応募したい求人は今回も無かった。昼前自転車で石神井川少しを下り、読売新聞専売所の近くまで行く。川沿いの遊歩道に石の不動明王がある。今朝新聞を買った帰りに通り掛って見たら、台座の正面には武州豊島郡下練馬村早淵念仏講中、左側に文政四年辛巳年一月二十八日と刻まれてい、右側には奉贈立不動明王村内安全祈願と刻まれていた。この辺りが下練馬村であったことは先日来ホームページの作成で家の付近の歴史を調べていて分っていたが、この河畔が早淵と呼ばれていたのは初めて知った。ここらは川の流れが早かったのだろう。しかし文政四年とはいつだ?今から何年前のことだ?

続きを読む "文政四年とはいつだ?"

| | コメント (1) | トラックバック (0)