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2005/09/02

「虹の色」じゃ無かったっけ?

昨夜はもう蝉の声が聞こえなくなり、代わりにコオロギが鳴いていた。秋なのである。五十肩は相変わらずだが、学習の効果でどうすれば痛いのか分って来たので、不用意に後頭部を掻いたり、背中を掻いたりする事は少なくなり激痛に顔をしかめる事もあまり無くなって来た。しかしトイレだけは別である。殆ど便秘はしないから、毎日朝夕のその度に左肩の痛みを味わう事になる。まさに冷や汗三斗、呻きながら尻を拭き、涙目でパンツを上げるのである。この処ハマッている浅田次郎氏のエッセイによると、ある日突然に治るそうではあるが、今のところ私にはその突然は未だやって来ない。かかる年齢により四十肩とも五十肩とも言うが、まったく理不尽そのものである。まぁしかし愚痴は無駄であるな。言ったところで回復が早まるわけでも無し、良く言ったと褒められるわけでも無い。ところで浅田次郎氏のエッセイ「勇気凛々ルリの色」であるが、私はつい最近まで「勇気凛々虹の色」だとばかり思っていた。少年探偵団がラジオで放送された頃は、もう少年探偵団ごっこには興味が無くなっていたようだ。然らば一体何をして遊んで居ったのであろうか?思い出してみてもよく分らない。さては記憶細胞が失われたか?

つらつら思い出すにベイゴマに明け暮れていた事は確かだが…。薄暗くなると電球を灯してまでベイゴマの床(とこ)を囲んでいたのだ。誰にも負けないコマを作ろうと4~5cm位の径の竹を1メートル程に切り、先端にV字型の切込みを入れて、ベイゴマを挟み、今の練馬区役所の前の目白通り(その頃は十三間道路と呼んでいた)の端っこをその竹の棒を押して走りベイゴマを砥いでいたくらいのベイゴマニアン(そんな言葉有ったっけ?)だった。右利きが圧倒的に多いのでベイゴマがお互いハジキ合い、床(とこ)から飛び出して負けることが多かったので、苦心惨憺してベイゴマだけは左手でも回せるようになり、勝率は上がって行ったが、学校ではメンコ、ビー玉、ベイゴマなどの勝負事を禁じるようになり、だんだんベイゴマをする者が居なくなった。カン蹴りやかくれんぼも良くやった。木の上に登ったり、他所の屋根に登ったりして隠れてしまうので、私を見つけるのは容易でなかっただろう。私だけが見付からず鬼になった子は泣きながら私を探し回るのを見たとき、イチョウの木から下りて鬼の前に出て行くと、下級生の鬼は泣き泣き私をぶち続けた。その頃から私はすでに「ろくでなし」だったのであろうか。外で遊べない雨の日は部屋の隅の箪笥にもたれて、親戚のお姉さんに貰ってから何度も読み返して、ボロボロになる一歩手前の本をまた読み返していた。今でもその本の登場人物の名前もストーリーも覚えている。その本は平家物語と曽我物語である。大人になってからその2冊は買い換えた。
今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

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コメント

おっちゃん、こんばんは。
まだ肩はよくなりませんか。
トイレで用を足す一連の作業も一苦労のようで……でもこれも毎日無きゃ無いで問題ですしね (^^; おだいじに。

最近の子供たちはベーゴマやメンコなんて知らないでしょうね(というより売ってるのかどうか)。
遊ぶ場所が少ないせいもあるのかもしれませんが、最近では子供たちが外で遊んでいる姿をほとんど見かけません。
缶蹴りや鬼ごっこぐらいは知っているでしょうけど、そういう遊びでは物足りないんでしょうかね?
私も子供の頃は近所の子たちと暗くなるまで外で遊んでいたもんですけど……。

投稿: CS(Cafe Society) | 2005/09/02 22:39

CSさん おはようございます&ありがとう。
五十肩は相変わらずです。完治は短いもので2~3ヶ月、長くなると3年位らしいです(接骨院の先生の経験から)。ある日突然治る日まで付き合いは続くようです。トホホな話ですが…。

近頃では子供の遊びも変わってしまったようですね。数人の子供が話もせずに黙々と各自のゲーム機でゲームに没頭している様は何だか異様に思えました。

投稿: 高木のおっちゃん | 2005/09/03 09:02

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