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2005/08/28

八月の最終日曜は

2005
今日は父がお世話になっている介護老人保健施設のお祭りの日です。

2005
今年は和太鼓の演奏で幕を開けました。奏者は四人でしたが、太鼓の音は最初の一音からまさに耳を聾せんばかりの音の津波で、その力強い演奏はお年寄りも家族も釘付けにしました。この後、この施設へリハビリに来ている方のマンドリン演奏もありました。

2005
近隣の子供の和太鼓クラブの演奏、職員の皆さんの楽しいマツケンサンバで盛り上がりました。

2005
可愛いハンドベルクラブの子供たちによる演奏があり、入所者のお年よりは勿論、見物に来ていた入所者の家族も楽しい一時を過ごす事が出来ました。父も楽しげに手拍子を打ったり拍手したりしていました。職員の皆さんには準備から当日のアトラクションや模擬店の運営などお疲れ様でした。お年寄りの楽しげな様子を見るにつけ、感謝の念を禁じえません。ありがとうございました。
久し振りの記事になりました。また楽しい記事が書ければと思っています。
今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

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2005/08/24

急に秋が来たみたい

昨日は一週間遅れで心療内科に行ったら、いつもの先生は休みで代わりに若い女医さんだった。前回の診察から昨日までの経過を話し、薬をいつも通り処方してもらって、受付で名前を呼ばれたので財布をを出すと、前回支払った分が戻されて、領収書に住所と名前を書いてくれと言われた。今月から東京都の補助が出て診察料は只になったのだそうだ。何となく申し訳無いような氣がしてしまった。帰りにポツポツと雨が降ってきて(前回も帰りに雨が降った)、薬局に寄らずに帰宅した。早く五十肩が治り、仕事が見付かれば良いが、くよくよしたって五十肩が治るわけでもないし、と思いながらも考え込んでしまっている自分が居る。なぜだか夢を見ることも多い。殆どが職場の夢だ。幾つか替わった職場の夢に出てくる人はその職場とは全く関係の無い人もいる。あれが本当に不思議なのだ。辻褄の合わぬ夢が殆どで内容は他愛の無いものだ。
最近は「川柳のようなもの」も忘れているし、写真も撮りに行かない。
今日は秋が来たように涼しくなった。さめうらダムの水位は上がっただろうか?
眠くて頭がボーっとしている。(眠くなくても…)2時間ばかり眠る事にします。
次回はもう少しマシな事を書ければと…。
今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

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2005/08/20

血圧計

(シチズン電子血圧計 CH-485E)
2005

一昨日から首筋が凝り、背中も痛くなった。あまり良い兆候ではない。薬もなくなってきたので、昨日は循環器のクリニックに行ってきた。血圧を計ると144-86でいつもより高かった。調子のよい時には上は128くらいから140くらいの間で下は75くらいから85以下なのだ(血圧降下剤を毎日服用)が、今日はすこし高いようだ。昼夜逆転を調整するため昨日はコーヒーを飲み、昼間は寝ないようにし、夜は2時前には眠て(NHKでアウシュビッツを観ていた)昨朝は5時半頃目覚め、どうやら調整が出来たようだ。
家にも血圧計が有った(ネットオークションで安く買った)のをすっかり忘れていて今日電池を入れたり、時間を合わせたりして使えるようにし、毎朝9時にアラームが鳴り、測定時間を知らせる事になっている。私見だが電子血圧計は、医者や看護士が使用している水銀柱の血圧計とは測定値に若干の誤差が有るような氣がしている…。同時に測ったことはないが、電子血圧計のほうが数値が高めに出るような氣がしている。購入してから今日まで忘れていたが折角持っているのだから、毎日血圧測定をして体調管理の一助にしよう。エクセルで表を作って血圧と体重と運動のグラフにして置く様にしたら分りやすいだろう。折角習ったエクセルだからね。三月にパソコン活用科を卒業して以来、殆どエクセルは使っていない。もったいない事である。
今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝 

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2005/08/19

ちょっと(とっても)佳い本を紹介しよう

一昨日文庫本の山から、古今亭志ん生師匠の「なめくじ艦隊」を引っ張り出した事は書きましたが、その時もう一冊取り出した本が有りました。「ブロードウェイの天使」デイモン・ラニアン著、加島祥造訳、新潮文庫です。この本にはカバーがなく、どこかで安く買って読まずにおいた物のようでした。読み始めて読了の記憶がないのが判りました。なぜこの本を買ったのか?、それは加島祥造訳だったからだと思います。この短編集に納められている作品は1920年から40年代に書かれました。著者のデイモン・ラニアンはカンサス州マンハッタン(カンサス州にもマンハッタンと言う町があるんだって!)の生まれで祖父の代から三代に亘る新聞記者だったそうです。話の舞台は1920年から40年ころのニューヨークの裏町を舞台に書かれた短編集です。登場人物はギャングだの競馬の予想屋だの博打打ちだのといった面々ですが、下町の人情も豊かに描かれて、「ブロードウェイの天使」は映画にもなったそうで、天才子役と云われたシャーリー・テンプルの出世作だそうです。この本はこの夏、私の大好きな本の一冊に加わりました。
もう一冊も同じ頃1920~30年くらい間だったろうと記憶していますが(どこに仕舞ったか不明で間違いがあるかも知れません)、やはり新潮文庫で、訳も同じ加島祥造。リング・ラードナーの「アリバイ・アイク」です。アリバイとは言い訳と言う意味もあるのだと、この本で初めて知りました。で、このアリバイ・アイクは野球選手です。すごい当たりのライナーをジャンプして捕っても、仲間に褒められたりすると「何だか腕を伸ばしたくなってね、そうしたらボールが僕のグラブに入っていたのさ」みたいな事をいう男の話です。リング・ラードナーも新聞にスポーツ記事を書いていた経歴の持ち主でした。この「アリバイ・アイク」も短編集で気楽に読める、そしてとにかく面白い話が満載です。もしあなたの街の本屋さんでこの2冊を、又はいずれかを見付けたら是非手にとって見て下さい。

今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

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2005/08/18

もっと喜べって?

新たに読む本が無くなって、昨日は古今亭志ん生の「なめくじ艦隊」を文庫本の山の中から引っ張り出して、読んだ。この本も何回読んだか分らないくらい読み返している本だ。何回読み返しても面白いのだ。もう1冊読んだのだが、こちらの方はまた別に紹介しようと思っている。本の中毒なのだ。それも重症の。だから新たに読む本がないと淋しいのだ。そんなわけで新聞のアンケートに答えて謝礼にもらった図書券が1000円分あったので、少し離れ所にあるブックオフにスクーターで出掛けた。ローレンス・ブロックのマット・スカダーシリーズの最新刊「処刑宣告」(二見文庫)があり、500円だったが、欲しかった本だけに迷ったあげく手にとり、一冊105円のコーナーで浅田次郎の「勇気凛凛ルリの色」と「地下鉄(メトロ)に乗って」の2冊を買い、500円の図書券と210円は金を払って店外へ出ると、そこに小さなテーブルを出して立っている若い男に「くじが引けますよ」と呼び止められた。この際たとえポケットティッシュ1つでも貰えれば御の字だと思い、箱の中から三角くじを引いた。「クジ運は良い方ですか?」と訊かれたが、「最低だね」と答え、その若い男が三角クジを開くのを見守ったが、ハズレだった。「残念ですねー」の声に送られて帰ろうとすると、僕が下げている買った本の袋を見て、「本を買った人はもう一度クジが引けます」と言い最初にくじを引いた箱とは違う箱を僕に向けて傾けた。ガサゴソと箱をかき回して一枚のクジを取り出して若い男に手渡すと、これが何と2等だった。小さなテーブルの上に立て掛けられたボードには、1等がCDコンポ、2等が有線放送が聴けるチューナーとアンテナのセットで、3等は思い出せないが、とにかく何か貰えるようだった。2等が当たったと言い「もっと喜んで下さいよ」と言われたが、なぜか僕は当惑していたのだ。5本しかない2等が当たったのは、すごい事だと言う。そのチューナーのパンフレットには沢山のチャンネルが有り、ジャズもクラシックも大好きな60年代のロックも落語のチャンネルまで200チャンネルくらい有りそうだった。色々説明してくれたのだが、加入料もサービスだと言うし、家にコンポーネントがあって、そのチューナーを接続すれば選り取り見取りで放送が聴き放題、おまけに録音する事も出来るのだ。
が、しかし毎月5千なにがし、6千円近い聴取料が必要らしい。暫らく考えた末に、その2等は誰かに譲る事にした。有れば確かに良いだろうし、若かりし昔には有線放送を自宅に引き込めたら良いなと思った事も有った。しかし失業中の今、6千円近い毎月の出費は覚束ないし、音楽三昧という訳にも行かないだろうし、24ヶ月以内のキャンセルはキャンセル料が必要だと説明書には書いてあった。喜んでその話に乗るには僕は少し歳を取り過ぎたのかも知れない。こうして一時の夢はうたかたの泡のように消えて無くなってしまった。でもそれで良かったのだと言い聞かせてスクーターのエンジンを掛けた。
今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

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2005/08/16

宮城県沖で地震発生

地震、お見舞い申し上げます。

ゆっさゆっさと大きく揺れて吃驚して目を覚ました。このところ連日の昼夜逆転で、昼前後は大抵寝ている。自分でも最低だと思うのだが上手くコントロール出来ないでいる。リモコンを手探りで探して直ぐテレビを点けた。震度6弱、各地のモニターの映像が映し出される。その後、震源地が宮城県沖と発表された。宮城県沖は過去にも地震が発生している地域だ。宮城県沖の海底はどうなっているのだろうか?震源の深さは42Km、M7.2で津波の警報が出されたが、10cmの波が来ただけで済んだ。今年は少し変だ。縦揺れではなかったが、屋内プールの天井材が落ちて怪我をした人がかなり出たし、家の倒壊も1件あったようだが、軽傷だったとの事で、死傷者が無かったのは不幸中の幸いだった。台風などと違っていつ発生するか分らないのが怖い。訳の分らない補助金を出さずに地震予知に金を掛けてくれ!魔邪もそう言ってたぞ!(言って無かったっけ?)
読売ニュース・地震関連
今日は心療内科に行く日だったが、朝不燃ごみを出しに行った他は結局家から出なかった。眠剤も抗うつ剤も一週間分くらい有るので(余るのは不思議だが)心療内科には来週行くことにしよう。昨日までの数日間夜になると決まって雷雨だったが、今夜はようやく月が出たし、気温も下がって汗も出ないから快適だ。明日は日中でも28℃位らしい。久し振りに父の顔を見に行こう。3週間以上顔を出していないから多分心配していると思う。今年は去年よりは気温は低いらしいが、僕には今年の方が堪える。なんとかして立ち直らなくては、腐ってしまいそうだ。もっと頑張らなくては。
ぶーんと蚊が一匹侵入してきた、しかし殺虫剤のスプレーが空だ。五十肩を忘れて左手で首筋を叩いたら、左肩に激痛、悔しいなぁ。さあ今夜は風呂に入って、伸ばしていた無精ヒゲも剃り落とそう。どうもこの無精ヒゲは世捨て人みたいに見えるから。
今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

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2005/08/15

連日の雷雨

夜に入って雷鳴が轟き始め、今日で3日続いての雷雨である。部屋の明かりを消して外を眺めていたら、稲光のたびに一瞬真昼のような明るさとなり、激しい雨に打たれる木々や無人のグラウンドが写し出された。街路灯の光の束の中に雨が突き刺さるような勢いで降っていた。稲妻が北の空を真っ二つに断ち割るように地上に落ちて行き、少し遅れて雷鳴がズシーンと轟いて、手を置いていたアルミサッシの窓が震えた。このエネルギーが上手く利用できたら凄いだろうなーと子供みたいな事を考える。しかしあれだけのエネルギーを蓄えて置くことなんか、どだい無理な話だなとも考える。

次第に雷鳴が遠くなり、雨音が小さくなって行く。台所に立ち手ごろな鍋に水を張りレンジに掛ける。1袋100円で買ったじゃが芋をたわしで洗い少しの塩とじゃがいもを鍋に入れ、レンジに火をつけた。
17歳の頃通っていた定時制高校の仲間と3人で奥日光にキャンプに行った事を思い出していた。奥日光に着いて夕方前、刈込湖だったか切込湖だったかの近くへ辿り着いた時、辺りが暗くなり雷が鳴り始めた。そのうちバケツでもひっくり返したかのように激しい雨が降って来た。ピカーッと空が白く光ったと思ったら、カリカリカリガーンと凄まじい音が響いて僕らの後ろの方に雷が落ちた。僕は3人のしんがりで豪雨の中で頭を抱えてウワーッと悲鳴を上げていた。伏せていた身体が一度浮き上がったような氣がした。すこしたって身体を起こして後ろを見ると大きな木が裂けて、幹から白い煙が上がっていた。落雷のあった木から20メートルも離れていなかったようだった。ガタガタと身体の震えが暫らく止まらなかったのを覚えている。その後、空も晴れて湖畔でテントを張った。夜8時頃であっただろうか?山から女性の声が聞こえて来て、テントから出てみるとぽつぽつと光が女性の声と共に山の上の方から僕達の方へと下りてくる。一瞬ぞーっとした。おばけ?3人で顔を見合わせた。だんだん光と声が近くなって来て、歌声だと氣が付いた。僕等から少し離れた所にテントを張り始めたので、行って聞いてみると女性ばかりの何処かの大学のワンダーフォーゲル部だと言った。僕達3人はテントの中で相談し、さっそく友達になろうと邪まな心を抱いて、差し入れに行くと、明日は朝早いので失礼しますと、ばっさり振られてしまい、僕等はウイスキーで残念会をして翌朝起きて見ると、焚き火の跡以外何物も無く、あれは本当にお化けみたいだったな笑い合った。もう40年も前の夏のことだ。
今日も読んでくれてありがとう 感謝を込めて おっちゃん拝

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2005/08/12

あれから20年

衝撃の御巣鷹山の日航機事故から今日は20年目にあたり、慰霊の行事等が行われ、またテレビでも関連の番組が幾つも放送されました。あの事故の翌日、僕は都内のあるスナックで飲んでいたら、ほかのボックスの客が事故を起こした123便に乗る予定だったが都合でキャンセルし、自分が乗る予定だった飛行機の事故をテレビで知り、体が震えたと話していたのを、今でも良く覚えています。自衛隊の隊員が事故現場に派遣され救出に当たりましたが、人づてに聞いた話では、現場を見た時の隊員の衝撃は大変なのもだったようです。日本航空史上最大の事故でありながら、事故の原因が完全解明されておらず、また誰も処罰を受けないといった、全く納得の行かない話のままで現在まで来ています。アメリカに屈服したのでしょうか?何だか政治的な臭いが感じられるような氣がします。そしてその後も一向に航空機事故は無くならず、それらの事故で命を落とした人々も多いのです。まだ小学生の頃の私は坂本九ちゃんのファンだったのです。テレビの歌番組で坂本九ちゃんをいつも観ていました。その後はストーンズやビートルズに興味が移りましたが、九ちゃんは僕の初めてのアイドルだったのです。九ちゃんはあのJAL123便に乗っていたんですね。カラオケでは必ず「上を向いて歩こう」を歌いました。(もう久しくカラオケにも行かないが)この悲しい事故の記憶を心の中から消さないようにしようと思っています。
今日も読んでくれてありがとう 感謝を込めて おっちゃん拝

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2005/08/09

見川鯛山先生亡くなる

ユーモアとペーソスいっぱいの山医者シリーズなどで私たちを楽しませてくれていた、那須の山医者こと見川鯛山先生が亡くなられ事をインターネットのニュースで知りました。随分昔の日に書店でふと手にした「本日も休診」が読み始めでした。それからは古書店に入ると必ず見川鯛山先生の本を探したものです。ブログでも一度記事にした事がありましたが、そこで見川鯛山先生が絶筆された事を知らせてくれた人がいて、もう新刊は出ないのだと残念に思ったのはつい昨日の事のようです。何度も何度も読み返した思い出のある本ばかりです。また寂しくなりました。享年88歳でした。心からご冥福をお祈り致します。

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2005/08/05

36.7℃今日の練馬!

馬鹿の一つ覚えのようですが、今日も暑かった!夕方ニュースを見ていたら私の住む練馬は36.7℃まで気温が上がったそうで、道理で暑いわけです。この時間(8/5の0時すぎ)まだ油蝉が鳴いています。この部屋もまだ32℃あり、汗を拭き拭きキーボードを打っています。5日ぶりに接骨院へ行き(先生の夏休みで)治療してもらいました。初めて五十肩で接骨院へ行った時より少し腕が動くようになって来ているような氣がします。近頃では接骨院に通って来るお年寄りと挨拶を交わすようになりました。これも何かの縁なのでしょう。
あまりに暑いので今夜はこの辺で失礼します。
今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

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2005/08/02

今日も待合室はいっぱいで

今日は午後から心療内科へ行ってきました。今回の受診はクリニックの夏休みに当たらないように調整されたスケジュールでした。(睡眠薬などは1回の処方で2週間分が限度とのことです)午後の診察開始前なのに、待合室は患者さんでいっぱいでした。悩める人が沢山居るんだなーといつもながら思いました。ここの心療内科は夏前から行き始めたのですが、今日の待合室はいつもと変わった感じを受けました。心療内科といっても精神科のクリニックですからいろんな人が来るわけで、当たり前の事ですよね。この悩める人達の話を聞き、改善策を提案して行く毎日で、精神科医ってストレスの溜まる仕事だろうなと思って診察室のドアを見詰めていました。最近では睡眠薬も2錠から1錠に減らしても、どうやら眠れるようになって来ています。もっと早く起きなければとも、思うのですが、何かしなくてはという意欲が中々湧いて来ず、グズグズとベッドから出られずにいて、それも困った事です。五十肩の痛みは軽くなっていないので家事をしようにも、思うようにならないけど、焦らず治療して行こうと思っています。なんとか働かなくては成らないのだけれど、いまは五十肩の治療に専念して、仕事が出来る状態になることが第一なのでしょう。
今日も読んでくれてありがとう! 感謝を込めて おっちゃん拝

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2005/08/01

ピカレスク・ロマンだとさ

天切り松 闇がたり第一巻
闇の花道 浅田次郎著 集英社文庫
2005
やあ、酋長だよ。今日も暑いな。夏だから暑いのは仕方ねえか。皆はんには元気で居てくれたかい?この処ずっとおいらが記事を書くような出番がなくて、おっちゃんに書かせろ書かせろと、せっついていたんだが、やっと出番が回って来たって訳だ。
今日紹介するのは「天きり松」と呼ばれる盗人が主人公のピカレスク・ロマン(悪漢小説)だ。おっちゃんが五十肩の治療に通っている接骨院の待合室の本棚にあった文庫本でな、「なんとかかんとか殺人事件」だとか「おいしんぼ」だとか、おいらには触手の動かねえ本の多い中で、こいつは面白そうだと手に取ったのが出会いだった。驚くべきは「天きり松」の松蔵は数えの九つの歳(今の勘定だと8歳だ)に実の父親に売られ、盗人の修行を始めることになったてえ事だ。そのいきさつや盗人修行の途中で起こる様々な出来事を80歳近くなった冬の留置場で、留置されている小悪党や看守、刑事に語って聞かせるんだが、その声は六尺四方にしか聞こえない「闇がたり」と言われる声音で語られるのさ。天きり松はドジを踏んで留置場に入ったのではねえのさ、これが驚くじゃねえか!警察署の署長に頼んで留置場に入ったって事らしい。松蔵はこんな風に言っている「俺がこうしてパクられたのァ、何もヘタ売ったからじゃねえんだぜ。そのあたり、了見ちげえはしねえでくれろ。幸いここのおやじ(署長)は粋なお人で、こっちが人恋しいの口淋しいのと言やァ、いつだって、泊めてくれる」闇がたりで語られる松蔵の壮絶な人生や先輩盗人の昔かたぎの盗人ぶりが語られて行く中、半端な留置人が自分を見直す機会が出て来たりと、まあ面白れえ事この上ねえ悪漢小説に仕上がってるんだ。おいらの恥を語りゃぁ、浅田次郎って売れっ子の小説家の本は、氣が進まなくて読まずに来たが、そりゃぁおいらの氣持ちが狭過ぎたからだ。おいらぁいっぺんで浅田次郎てえ人のファンになっちまったよ。まぁこれ以上の種明かしも無粋だから、言わずに置くが、読んで損のねえエンターテイメントだぜ。
これからも暑い日々だろう。皆はん、体には氣を付けて暮らしておくれよ!
じゃぁ、またお目に掛かるぜ! 酋長

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