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2005/05/01

火事の記憶

JR西日本の大惨事の救出活動も終わり、犠牲者107人を出した詳細な原因は後日の発表を待たねばならないが、”人災”は間違いの無いところであろう。困難を極めた救出活動に当たられた方々に心からの感謝を捧げます。
今日、5月1日というと昔の火事を思い出す。あれはまだ16,7歳の頃のことだったか、祖母、母、妹と弟は外出中で、家には私と父だけが居て、ゴロゴロと寝転んでテレビを観ていたのかも知れない。何せ40年近く前の記憶なので、細かい所は思い出せない部分がある。外が何だか騒がしく、人がバタバタ走っているらしい。そのうち火事だ火事だの声!父と表へ出て見ると四軒先の家から煙と炎が噴出していた。三軒目と燃えている家の間には幅4m位の道路があったが、もし三軒目の家に燃え移ったら私達の家も燃えてしまうだろうと思われ、必死になって井戸端からバケツに水を汲み、燃えていない部分に掛けること数回。しかし古い木造の大きな二階家はあちこちから炎が噴き出し近付けなくなった。離れて見ていたが熱い風が竜巻のように舞い狂って、たちまちの内に全焼してしまった。道路があったお陰で延焼は免れたのだ。その古い二階家には四所帯が暮らしていたのだが火元の老人以外は無事だった。火事の原因は殆ど寝たきりに近い老人の寝煙草だったらしい。着ていた寝巻きに火が付き、燃えている寝巻きを着たまま走って逃げる老人が目撃されていた(殆ど寝たきりに近い老人がである)。老人はその後、火傷が原因で亡くなったそうだ。老人の家は男ばかりの三人暮らしで、私より一才上と一才下の兄弟が居て、近所の手伝いやお使い等をして僅かなお金を貰って暮らしていたらしかった、ただただ雨露を凌げるだけの暮らしぶりに見えた。そんな中で寝たきりの父親が煙草を吸う…、煙草は買った物とは限らないが…。その老人は母と同郷の人だったと母から聞いたが、紆余曲折の人生だったようだ。
火事は本当に怖い!思い出しても身震いがする。火の用心さしゃりましょう。
今日も読んでくれてありがとう!     おっちゃん拝

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コメント

高木のおっちゃん こんにちは
火事は何もかもなくなってしまうので怖いですね。
先だって私の住むマンションで火災がありました。
サイレンの音が近くで止まるので玄関先に出てみたら大騒ぎになっていました。
原因はガラスの灰皿が熱で割れて出火で、火元の人は一酸化炭素中毒で搬送先の病院で亡くなったそうです。
火の元には気をつけましょうね。

投稿: ふにゅ | 2005/05/01 15:08

ふにゅさん こんばんは。
火事は本当に怖いです。
築き上げた何もかもが灰になってしまい、
自宅だけに留まらず近所までも焼いてしまう事も。
そして時には命まで奪われてしまいます。
私も火には充分氣を付けます。

投稿: 高木のおっちゃん | 2005/05/01 21:19

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